体が変わる。縁がつながる。豊川のカイロ院 浅井郁子
- 名前
- 浅井郁子
- 会社名
- 浅井カイロプラクティック(いくちゃんのカイロ)
- キャッチコピー
- 一度受けたら、顔見知り。応援が生む、体の変化
- 一言
- 17年間、紹介と信頼だけで続いてきた施術院。来た日に体の変化を感じて、気づいたら応援し合える仲間になっている。そんな場所です。
「もう治らない」とあきらめていた、その痛みにこそ届けたい
あなたの体のお悩みに共感して
「薬を飲み続けるしかないと言われた」
「手術しか選択肢がないと言われた」
「年だから仕方ないとあきらめていた」
そう信じてずっと痛みと折り合いをつけてきた方へ。
その固定概念、一度だけ手放してみませんか。
カイロプラクターの浅井郁子(あさいいくこ)です。
愛知県豊川市を拠点に、カイロプラクティックを通じて「体が変わる体験」をお届けしています。
私が届けられること
カイロプラクティックは、骨格の歪みを整え、神経の流れを取り戻す施術。
薬でも手術でもない、第三の選択肢として、アメリカでは医療の一分野として確立されています。
私自身、もともと首の激しい痛みで車の運転中に後ろを向くこともできない時期がありました。
そんなある日、チラシを手に先輩のカイロ院に飛び込んだことが、人生を変えたのです。
「首がストレートネックだから生理的湾曲を取り戻す必要がある」という言葉と、その場で感じた変化に衝撃を受けて、「なぜ日本にはこの医療が広まっていないのだろう」という問いが生まれました。
それがこの仕事を始めた原点です。
今、施術歴17年、全国健康生活普及会カイロプラクター、健康管理士統括指導員、AACP(American Akademy of Chiropractic Physicians:米国カイロプラクティック医師学会)会員、日本カイロプラクティック連合会員として、確かな技術と知識でお体に向き合っています。
お客様から届く声、その瞬間のために
「杖ついて来たのに、帰りは杖なしで歩けた」
「圧迫骨折で一生寝たきりかと思っていたのに、名古屋まで一人で出かけられるようになった」
「20年間ずっと低かった骨密度が、平均値まで上がった」
脳梗塞で倒れた方が、数年の通院を経て自分で飲食店を出展するまでに回復されたこともあります。
そんな「劇的なビフォーアフター」を長年そばで見続けられることが、この仕事を続ける一番の力になっています。
お客様に一番よく言っていただける言葉は、「速攻性がある」という一言です。
なので、受けたその日、体が変わる体験をしていただくことを大切にしています。
繋がりが生む、豊かさの輪
私は今まで、マルシェやご紹介を通じて、信頼できる方だけとゆっくりご縁を紡いできました。
Uワードというコミュニティとの出会いで、岐阜、四日市、名古屋など活動の輪がどんどん広がり、「いくちゃんの施術を受けてみて」と声をかけてくださる仲間がいることに、心から感謝しています。
2026年5月からは、名古屋のカフェで「夜のマルシェ」をスタート予定です。
ゴールデンウィーク明けに心と体が疲れやすい会社員の方々に、癒しと元気をお届けしたいと考えています。
「体が元気になる場所」であるだけでなく、「関わる人みんなが豊かになれるコミュニティ」を育てていきたい。
そんな想いで、一人ひとりのご縁を大切にしています。

浅井郁子と繋がると、こんな変化が生まれます
- 「薬か手術しかない」という固定概念が解け、体への新しい選択肢が広がる
- その日のうちに体の変化を実感できる、速攻性のある施術体験が受けられる
- 信頼でつながる紹介制のコミュニティで、体も人脈も豊かになっていける
「なぜ日本には、この医療が広まっていないのだろう」首の激痛が教えてくれた、私の使命
後ろが向けない。それが全ての始まりだった
ある日、車を運転中に後ろを確認しようとして気づきました。
首が、まったく動かない。
1週間以上続く激しい痛みに、私はいつも通っていたお店に行きました。
でも、何かが違う。いつもと同じ施術を受けても、何も変わらない。
そんなとき、一枚のチラシが目に留まりました。
先輩が開いていたカイロプラクティックの施術場所。
「なんとなく、ここかもしれない」そんな直感だけで、扉を開けました。
「首の骨がストレートになっていますね。生理的湾曲を取り戻す必要があります」
その言葉と、施術後に感じた体の変化。
私の中で、何かが音を立てて崩れていきました。
「なぜ日本には、この医療が広まっていないのだろう」
アメリカでは医療として確立されているカイロプラクティックが、日本ではまだほとんど知られていない。
その事実が、腑に落ちないまま、頭から離れませんでした。
18年間の公務員生活に幕を下ろして
当時の私は、社会保険事務所に勤める公務員でした。
18年間、真面目に働き続けてきた職場が、組織の解体とともに終わりを迎えることになりました。
「次に何をすればいいのだろう」
迷っていた私に、答えをくれたのは、あの施術台の上での体験でした。
先輩の院に通いながら、ある日思い切って聞きました。
「ここで、勉強できますか」
その一言が、すべての始まりでした。
公務員の退職と同時に、カイロプラクターとしての人生が動き出しました。
それから17年。
骨格の歪みを整え、神経の流れを取り戻す施術を通じて、数えきれないほどの方の体の変化を見届けてきました。
圧迫骨折で「一生寝たきりかもしれない」と言われていた72歳の方が、4年後に名古屋まで一人で出かけられるようになったこと。
脳梗塞で倒れたおじいちゃんが、自分の飲食店を出展するまでに回復されたこと。
20年間ずっと低かった骨密度が、平均値まで上がったと喜んでくださった方のこと。
「先生のおかげで、また歩けるようになりました」
その言葉のひとつひとつが、私を前に進めてくれています。

「いくちゃんの施術、すごいよ」仲間の声が、世界を広げてくれた
豊川という、少し静岡よりのこの地で、私はずっと紹介とマルシェを中心に活動してきました。
広告を打つわけでも、派手に宣伝するわけでもなく、信頼でつながった方だけと、ゆっくりと関係を育ててきました。
そんな私に、新しい風が吹き込んできたのが、Uワードというコミュニティとの出会いです。
ある交流会で隣の席に座ったのが、天女さんでした。
向かいの席には、同じ高校の後輩でもあった澤山さんがいました。
「2日後に説明会があるんだけど、来る?」
「面白そうだな」という直感だけで参加して、そのまま自然に居続けることになりました。
Uワードに入ってから、世界は静かに、でも確実に広がっていきました。
岐阜にも行った。四日市にも行った。名古屋のマルシェにも声をかけてもらえるようになった。
そして、「いくちゃんのカイロ、すごいよ」と言って私を紹介してくださる仲間が、少しずつ増えていきました。
遠くから豊川まで来てくださる方も現れ始めました。
マルシェで一度受けてくださった方が、後日わざわざ連絡をくれることも。
応援してくれる人がいると、こんなにも力が湧くのだと、初めて実感しました。
会社員の「お疲れ様」を受け取れる場所を作りたい
2026年5月、名古屋のカフェで、夜のマルシェを始めます。
ゴールデンウィーク明けは、心と体が一番しんどくなる季節です。
「うつ病」「燃え尽き」「消えてしまいたい」
そんな言葉がニュースをにぎわせるあの時期に、仕事帰りの会社員の方々が立ち寄れる場所を作りたい。
施術で体を緩めて、お気に入りのお店の商品に出会って、知らなかった誰かと少しだけ話して帰る。
そんな夜の時間を届けられたら、と思っています。
「みんなが体も豊かさも得られる場所」を作ること。
それが、首の痛みを抱えたあの日から、ずっと私が目指してきた世界です。
カイロプラクティックを通じて体が変わる体験を、もっと多くの人に届けたい。
そして、関わってくださったすべての方が、少しずつ豊かになっていくコミュニティを育てていきたい。
あの日チラシを手に取った私が、今日もそう願っています。
あなたの体に、まだあきらめないでほしい
「もう年だから」
「手術しかないと言われた」
「ずっとこの痛みと付き合っていくしかない」
そう思って、今日もどこかで体をかばいながら過ごしていませんか。
実は、そうやって固定概念を抱えたまま来られた方ほど、施術後に目を丸くして帰っていかれます。
杖をついて来られた方が、帰りは杖なしで歩いて帰られることも、決して珍しくありません。
あなたが「もうダメかも」と思っているその体の悩み、一度だけ私に聞かせてもらえませんか。
私は紹介やマルシェでご縁をいただいた方と、ゆっくり信頼を積み重ねながらお付き合いするスタイルを大切にしています。
だから、焦らなくて大丈夫です。
「ちょっと話を聞いてみたい」という気持ちだけで、まずは繋がってみてください。
Uワードのメンバーの方は、プロフィールからいつでもメッセージをお送りください。
マルシェでお会いした方は、そのまま気軽に声をかけていただければ嬉しいです。
あなたの体が楽になる日を、一緒に作りに行きましょう。