18年歌い続けた男が、あなたを応援する ヒノエショウエイ
- 名前
- ヒノエショウエイ
- キャッチコピー
- 続けた人にしか、出せない音がある
- 一言
- キュウリ1本で夜を越えながら積み上げてきた音楽と、人への想い。
ライブで受け取るエネルギーと、繋がりから生まれる化学反応を、ぜひあなたにも。
あなたの「当たり前の毎日」を、宝物に変える音楽を届けたい
「毎日が同じに見えて、なんだか疲れてしまう」そんな気持ち、ありませんか?
特別なことが起きるわけでもない。
何かが劇的に変わるわけでもない。
それでも日々は続いていく。
そんなとき、ふと「自分はこれでいいのかな」と立ち止まってしまうことはないでしょうか。
ヒノエショウエイの音楽は、そんなあなたに「その毎日こそが、あなたにとっての一番の宝物だよ」と、そっと伝えます。
日常の温もりをそのまま音にする、シンガーソングライター
ヒノエショウエイの楽曲には、食べ物の名前が出てきます。
2人で過ごす夕食の場面が出てきます。
誰かと笑った、何でもない午後が出てきます。
それは「あの頃の旦那さんを思い出した」「今の幸せを噛みしめられた」という声に表れているように、聴いた人の記憶の中にある温かさを呼び起こす音楽です。
ただし、CDを聴くだけでは半分しか体験できません。
ライブの場では、その場にいる人たちだけに届けるアドリブのフレーズがあります。
音源にはない言葉があります。
その瞬間だけのエネルギーがあります。
「ライブを観てから、またCDが聴きたくなった」という声が返ってくるのは、その体験が積み重なるからです。
ヒノエショウエイのステージは、エネルギーをチャージしに行く場所です。



18年間、諦めなかった人間が持つ、本物のスタンス
22歳で親を説得し、計画もないまま大阪から上京しました。
新聞奨学金で学費を払いながら、夜はキュウリ1本で空腹をこらえた日もありました。
同期が次々と音楽を辞めていく中、「負けたくない」という気持ちだけで踏みとどまりました。
あれから18年。
「売れたい」だけだった気持ちは今、「人にエネルギーを与える存在でありたい」へと変わりました。
今年12月、渋谷の老舗ライブハウスでのライブを目標に動いています。
その舞台に、地方からお母さんを連れていくために。
歌い続けることは、自分のためだけじゃない。
応援してくれた人への恩返しであり、「続けていれば必ず目は出る」という証明でもあります。

応援し合える仲間と、一緒に前に進んでいきたい
ヒノエショウエイが繋がりたいのは、ミュージシャンだけではありません。
飲食店を営む方、整体やマッサージのお仕事をされている方、イラストレーターやデザイナーの方。
「一緒に何かできそう」と感じた人と、フラットに繋がりたいと思っています。
たとえば、料理とライブを組み合わせたコラボイベント。
たとえば、お互いのお客様を紹介し合う関係。
「応援するから、応援される」。
これは言葉ではなく、18年間の経験から自然と身についた生き方です。

あなたが得られるもの
- 聴くたびに「今日も頑張れた」と思えるエネルギーチャージ体験
- 日常の何気ない場面を「宝物」と感じ直すきっかけ
- 応援し合える、異業種を超えた温かいコミュニティとの繋がり
キュウリ1本で夜を越えた青年が、18年後に歌う理由
夢だけを持って、東京に飛び込んだ22歳
「東京で絶対に成功するから、行かせてくれ」
就職活動をする同級生たちを横目に、ヒノエショウエイは親にそう告げました。
貯金もなく、コネもなく、具体的な計画もなく。
あったのは「自分は誰よりも歌がうまい」という、根拠のない自信だけでした。
上京後は、新聞奨学金制度を使いながら渡辺エンターテインメントの専門学校へ通う日々。
学費を払い終えた後、手元に残るお金はほとんどありませんでした。
夜ご飯にキュウリ1本をかじって、それで終わりにした日も、一度や二度ではありませんでした。
空腹を抱えながら朝の新聞配達へ行き、昼は学校で歌の勉強をする。
そんな生活が、何ヶ月も続きました。
同期の仲間たちが、少しずつ音楽を諦めていきました。
「大阪に帰ることは、いつでもできる」
それは事実でした。でも、帰れませんでした。
「売れたい」だけでは、続けられない
専門学校を卒業しても、すぐに夢が叶うわけではありませんでした。
ライブハウスで歌い続ける日々の中で、ヒノエショウエイの気持ちは少しずつ変化していきました。
いつからか、「売れたい」という言葉が、自分の中でしっくりこなくなっていたのです。
「自分の音楽で、人に元気を与える存在でありたい」
あるお客様が「昔の旦那さんを思い出した」と話してくれたとき。
ライブが終わった後に「すごいパワーをもらった」と目を輝かせてくれたとき。
CDを聴いてから「またライブに行きたくなった」と連絡をくれたとき。
その一つひとつが、続ける理由になっていきました。
お金でも名声でもなく、誰かの人生の中に自分の音楽が少し溶け込んでいること。
それが、ヒノエショウエイにとっての「成功」の定義に変わっていったのです。
「応援し合う」という文化が、世界を広げてくれた
音楽活動を続ける中で出会ったのが、ユーワードというコミュニティでした。
最初は母親に勧められるまま入会し、1年半ほどよくわからないまま過ごしていました。
転機は、東京で開かれたセミナーに参加したことでした。
そこで感じたのは、温かさでした。
初対面にもかかわらず、会員の方たちが自然に歓迎してくれる。
「ここにいていい」と思えるような、居場所がそこにはありました。
全国をまわるようになった今、広島や九州のライブ帰りに地元の会員仲間と飲みに行くこともあります。
ミュージシャン以外の方と話すことで、自分の考え方の幅が広がっていくのを感じています。
「応援するから、応援される」
この言葉は、18年間の活動を通じてヒノエショウエイが体で学んできたことと、まったく同じでした。
自分だけが良くなろうとしても、誰も応援してはくれない。
お互いを盛り上げ合う関係の中でこそ、それぞれの夢は育っていく。
12月、渋谷のステージに母を連れていく日まで
今年、ヒノエショウエイはアーティスト活動10周年を迎えます。
そして40歳になる年でもあります。
この節目に、渋谷の老舗ライブハウスでのライブを決めました。
サザンオールスターズや著名なミュージシャンたちが、まだ駆け出しの頃に立ったあのステージです。
その日、母親を客席に呼びます。
「東京で成功する」と言い張って家を出た息子が、18年後にどんな姿で歌っているか。
それを見せるために。
さらにその先には、もう一つの夢があります。
生まれ育った大阪府大東市の市民ホールで、ワンマンライブを開くこと。
20歳の成人式に使ったあの会場で、全国から集まった仲間たちの前で歌うこと。
飲食店の方と料理つきのコラボライブをしたい。
整体師やデザイナーやイラストレーターと、お互いの活動を盛り上げ合いたい。
異なる仕事を持つ人たちが集まり、それぞれの人生にワクワクが増えていくコミュニティを作っていきたい。
キュウリ1本で夜を越えた青年は今、たくさんの人と一緒に前へ進もうとしています。

あなたの毎日に、少しだけエネルギーをチャージしませんか
「最近、なんとなく元気が出ない」
「日々が同じことの繰り返しに感じてしまう」
「もっといろんな人と繋がって、刺激を受けたい」
そんなふうに感じていること、ありませんか?
実は、多くの方が「頑張っているのに、どこか満たされない」という気持ちを抱えています。
特別なことをしなくていい、変わらなくていい、そう頭でわかっていても、心がついてこない日ってありますよね。
あなたは一人じゃありません。
私ヒノエショウエイも、東京でお腹を空かせながら「このままでいいのか」と自問した夜が何度もありました。
それでも音楽を続けてきたのは、誰かの顔が浮かんだからです。
聴いてくれる人がいる限り、歌い続けようと思えました。
ライブに来てほしい、CDを聴いてほしい、ということ以上に、まず一度、繋がってみてほしいのです。
業種も関係ない、音楽好きじゃなくても全然いい。
一緒に何かできそうだな、と感じていただけたなら、それだけで十分です。
X(旧Twitter)またはInstagramのDM、どちらからでも気軽にご連絡ください。
一緒に、お互いの毎日を少しだけ豊かにしていきませんか。
