「よかった」に変えてきた、母であり専門家。
- 名前
- 浅野由楓
- キャッチコピー
- 知識より先に、体験がある
- 一言
- 息子のディスレクシア、自身の麻痺、孤独な子育て。
すべてを越えてきたからこそ語れることがある。
水素酸素と、あなたの「よくわからない」を
「よかった」に変えるお手伝いをします。
「よくわからない」が「よかった」に変わる。水素酸素の専門家が、あなたに本当のことを伝えます。
「水素、試してみたけど…正直よくわからなかった」
健康のために水素を試してみたけれど、何が変わったのかよくわからなかった。
そんな経験はありませんか?
実は、「水素」と一口に言っても、世の中に出回っているものは様々です。
私自身が同じ疑問を持ち、ひとつひとつ調べて、体で確かめてきました。
水素酸素(HHO)という、まだほとんど知られていない選択肢
私が携わっているのは、一般的な「水素」とは根本的に異なる「水素酸素(HHOガス)」の専門サロンです。
水素だけを体に取り込むと、体内の酵素を消費しなければ分解できません。
でも水素酸素(HHO)は、水素と酸素がすでに結合した状態で発生するため、
体内の酵素に頼らずそのまま活性酸素の除去に働きかけます。
これがパーキンソン病、ALS、がん、骨折などさまざまな状態のお客様が「体感が全然違う」とおっしゃる理由のひとつです。
私が扱っているメーカーは、受注生産で1台1台を手作りし、年1回のメンテナンスでまるで新品のように整備し直す、
小さくても妥協しない会社です。
発生電極には最高品位の素材のみを使用。
多くのお客様が「頭がすっきりした」「その夜よく眠れた」「身体が軽い」とおっしゃいます。
「うちの機械は売りたいから作っているのではなく、本当に救われる人がいてほしいから作っている」という会社の姿勢を、
私はスタッフとして間近で見てきました。
だからこそ、私も同じスタンスでお伝えし続けています。
「戦わず、ただ届ける」という私のスタンス
水素業界には、他社との比較や競合論争が絶えません。
でも私は、そこには一切エネルギーを使いたくないと思っています。
本当に必要としている人に、必要な情報を届ける。
体感してもらって、「違う」と感じてもらう。
それだけでいい、と思っています。
私が繋がりたいのは、何かを乗り越えてきた人たちです。
困難の中から「それでも前を向く」を選んできた仲間と一緒に、まだ苦しんでいる誰かの力になりたい。
「大丈夫だよ」という言葉が本当に届くのは、同じ道を歩いてきた人からだと知っているから。
あなたが得られること
- 巷に溢れる「水素」情報に惑わされない、正確な知識と体感の機会
- 売り込みなしで、あなたの状態に合わせた誠実なアドバイス
- ディスレクシアや発達特性に悩む親御さんへの共感と、具体的な情報のシェア
- 乗り越えてきた仲間と繋がれる、温かくフラットなコミュニティ
「この子のせいで」と思いかけた夜があった。それでも諦めなかった母の話。
助けたいのに、何もできなかった
息子が小学1年生になったとき、異変に気づきました。
計算ができない。漢字が書けない。授業についていけない。
10問の宿題を終えるのに、2時間かかる。
夏休みの宿題は、最後まで終わらない。
「頭が悪いのかな」と思っていました。
正直に言えば、怒ってしまうこともありました。
なんでできないの、と。
眼科に連れて行きました。
拡大鏡を学校に持たせました。
療育センターにも通いました。
でも誰も、本当の原因を教えてくれませんでした。
センターのスタッフからは「もう少し優しくしてあげてください」と言われるだけ。
友達にいじめられて泣いて帰ってくる息子に、何もしてあげられない。
誰にも、本当のことを話せなかった。
気持ちが落ちて、底から上がってこられない夜が、何度もありました。
「お母さん、字がぐるぐる回るんだよ」
転機は、アロエベラジュースと水素酸素に出会ったことでした。
飲み始め、吸い始めて数ヶ月が経ったある日、息子が自分から話してくれたのです。
「お母さん、僕ね、字がぐるぐる回って見えるんだ。どこかに飛んでいっちゃうこともある」
それまでずっと「見えない」「わからない」としか言えなかった息子が、自分の状態を言葉にできるようになっていた。
そのとき初めて、「ディスレクシア(読み書き学習障害)」という言葉にたどり着きました。
それは診断名ではなく、息子が生きてきた世界の説明でした。
あの宿題の夜も、泣いて帰ってきた日も、ぜんぶ、サボっていたわけでも、怠けていたわけでもなかった。
ずっとずっと、見えない中で戦っていたのだと、ようやくわかりました。

出身中学からは支援学級生が短大合格国家試験合格!学校の話題になりました。
努力だけではなしえない事だと思います。
「頑張ってきたんだね」と言われた日
コミュニティに入るまで、私は自分のことを誰かに話せていませんでした。
息子のこと、娘のこと、自分が交通事故で麻痺を経験したこと。
どれも「大変だったね」で終わる話としてしか、受け取ってもらえなかったから。
でも先日、自分の経験を文章にまとめてみたものを、ある人に読んでもらいました。
「本当に頑張ってきたんだね。ずっと努力してきたんだね」
そう言われた瞬間、涙が止まらなくなりました。
認めてほしかったんだ、とそのとき気づきました。
誰かに「それは大変だったね」ではなく、「あなたはちゃんとやってきた」と言ってほしかった。
コミュニティの仲間の存在も、大きな転機でした。
「本当は何がしたいの?」というひと言が、ずっと心の奥に押し込めていたものを引き出してくれました。
私がやりたいことは、水素を広めることではなかった。
ディスレクシアのことを、まだ知らない親御さんに届けること。
「うちの子もそうかもしれない」と、気づいてもらえる一冊を届けること。
それが、ずっと前から私の中にあった答えでした。
「あの頃の私」に届けたい
ディスレクシアという言葉は、まだほとんど知られていません。
ADHDや発達障害という言葉は広まってきたのに、学習障害、とりわけ読み書きの困難さを持つ子どもたちへの理解は、まだこれからです。
「もしかして、うちの子も?」
そう気づいてもらうための絵本を、作りたいと思っています。
難しい専門書ではなく、数十ページをぺらぺらとめくれる、親が手に取れる一冊を。
私が目指したいのは、かつての自分のように孤独に悩んでいるお母さんが、その本を読んで「うちだけじゃなかった」と思える瞬間を作ること。
そして、乗り越えてきた仲間たちと一緒に、まだ乗り越えられていない誰かの傍に立てるコミュニティを育てていくことです。
戦わなくていい。競わなくていい。
ただ、必要な人に、必要なものが届けばいい。
そう思って、今日も一歩を踏み出しています。
「掴める人に、掴んでほしい」
あなたが今ここまで読んでくださったなら、きっと何か引っかかるものがあったのだと思います。
それは、偶然ではないと私は感じています。
私がよく思うのは、「掴める人が掴んでくれればいい」ということ。
全員に届けようとは思っていません。
でも、もしあなたの心がすこしでも動いたなら、その感覚を大切にしてほしいのです。
「うちの子、もしかして?」と思っているお母さん。
何度試しても「よくわからなかった」という体験をしてきた方。
乗り越えてきた経験を持ちながら、まだどこにも話せていない方。
そういう方と、まず話してみたいと思っています。
売り込みはしません。
ただ、「知ってほしい」し、「知りたい」のです。
あなたのことを。
気が向いたら、気軽にメッセージを送ってください。
Instagramのダイレクトメッセージでも、コメントでも。
「読みました」の一言だけでも、嬉しいです。