蜜蜂が教えてくれた、本物の循環 養蜂家 笠原隆史

名前
笠原隆史
会社名
株式会社はちとひとと
キャッチコピー
蜜蜂と生きる、3代目定地養蜂家!島から始まる、食の未来
一言
一つの島で蜜蜂と向き合い続けて15年。
定地養蜂にこだわり、花畑を育て、地域に還元する。
その蜂蜜には、自然と人への誠実さがそのまま詰まっている。

3代目養蜂家が、蜜蜂と地域と食の未来をつなぐ

「本物の蜂蜜」が、日常から消えていく

国産蜂蜜が手に入りにくい、と感じたことはありますか?
スーパーに並ぶ蜂蜜の多くは外国産で、純粋な国産蜂蜜はいまや希少な存在です。
かつての日本では、庭に巣箱があり、採れたての蜂蜜が食卓にあるのは当たり前の光景でした。
でも今、その文化は静かに、確実に失われつつあります。

逃げた仕事に、覚悟を持って戻った理由

笠原隆史は、祖父母・両親ともに養蜂家という3代目です。
幼い頃から蜜蜂が身近にある環境で育ちながら、「こんな大変な仕事はできない」と一度は逃げ出しました。
福岡の大学へ進学し、野球に打ち込み、グランドハイアットで調理師として働く日々。
それでも、調理師として食を深く学ぶなかで気づいてしまったのです。
自分にとって「当たり前」だった国産蜂蜜が、社会では「ほとんど存在しない」ということに。

後継者がいない。祖父母の巣箱も、このままでは消える。
その寂しさと責任感が、覚悟に変わりました。
2010年、父の故郷でもある島に移住し、養蜂家として再出発しました。

効率より、蜜蜂と地域への誠実さを選ぶ

一般的な養蜂は、花を追って巣箱ごと日本中を移動する「移動養蜂」が主流です。
生産量は上がります。種類も増えます。
でも、笠原は問いかけました。「蜜蜂にとって、本当にそれがいいのか?」「お世話になった地域に、何を返せているのか?」

答えとして選んだのが、1年間同じ場所で育てる「定地養蜂」です。
さらに、島内の耕作放棄地を借り受け、菜の花やひまわりを植えて花畑に変えていく活動を始めました。
蜜蜂が受粉できる環境を増やすことは、蜂蜜を生むだけではありません。
景観が回復し、地域の農業が潤い、食の多様性が守られていく。
そうした循環をひとつの島から丁寧に作り続けています。

蜜蜂が教えてくれる、食の未来

蜜蜂は蜂蜜を作るだけではありません。
メロン、イチゴ、野菜。その多くが蜜蜂の受粉によって実ります。
蜜蜂が減ることは、私たちの食卓が貧しくなることと直結しています。
笠原が伝えたいのは、蜂蜜の美味しさだけでなく、「蜜蜂がいる社会の豊かさ」です。

自然や食の未来に関心のある方、子どもに本物の体験をさせたい方、
そして全国で小さな養蜂を広げていきたいと考えている方。
そんな仲間と一緒に、食と自然について考えるコミュニティを育てていくことが、いまの夢です。

養蜂家・笠原と繋がることで得られること

  • 睡眠の質改善・腸内環境の向上など、実感の声が多い本物の国産蜂蜜との出会い
  • 蜂蜜採取体験を通じた、子どもと一緒に学べる「食と自然」のリアルな体験
  • 養蜂・食・環境をテーマに、同じ想いを持つ仲間との深い繋がり

「逃げた仕事」が、人生でいちばん大切なものだった

絶対にやりたくなかった、あの仕事

子どもの頃、祖父母の家に行くといつも庭に巣箱があった。
採れたての蜂蜜は好きなだけ使えて、それが当たり前の日常だった。

でも同時に、怖い話もたくさん聞いた。
スズメバチに刺される。山でクマに出くわす。
命がけで働く大人たちの姿を見て、子どもながらに決めていた。
「この仕事だけは、絶対にやらない」と。

逃げるように進学した福岡。野球に打ち込み、調理師の道へ進み、
グランドハイアットのキッチンで毎日を過ごした。
養蜂とは無縁の、自分で選んだ人生のはずだった。

「当たり前」が、実は奇跡だった

転機は、調理師として食を深く学ぶなかで訪れた。

国産蜂蜜が、社会では「ほとんど手に入らない希少品」だと知ったのだ。
子どもの頃、庭から取れた蜂蜜を当然のように使っていたあの日々が、
どれだけ特別なことだったのか、大人になって初めて気づいた。

そして気づいてしまった。
祖父母の後継者はいない。兄も妹も継ぐつもりはない。
自分が「当たり前」だと思っていたものが、
このまま何もしなければ、一瞬で消えてしまう。

寂しさと、悲しさと、そして責任感。
どうしてもやりたくなかったはずの仕事に向かって、
気づけば自分の足が動いていた。

島で見つけた、養蜂のあるべき姿

2010年、父の故郷でもある島に移住した。
高齢化率が全国トップクラスで、耕作放棄地が次々と増えていく場所だった。

一般的な養蜂家は、花を追って日本中を巣箱ごと移動する。
効率は上がる。生産量も増える。
でも笠原には、どうしても引っかかるものがあった。
「2週間だけ蜂蜜をもらって、その土地に何を返せているんだろう」

答えは、同じ場所で1年間育て続ける「定地養蜂」だった。
さらに、荒れた耕作放棄地を借り受けて花畑に変えていく活動を始めた。
蜜蜂が喜び、景観が戻り、地域が潤う。
自分たちが蜂蜜をいただいた分を、ちゃんと還元できる養蜂家でありたかった。

応援することで、自分が変わった

そんな中で出会ったのが、Uワードのコミュニティだった。

最初は集客のために入った。でも得たのは、それ以上のものだった。
「まず自分が応援する」という考え方が、少しずつ自分の心を変えていった。

以前は、余裕がなかった。誰かのことを考える前に、
自分のことでいっぱいいっぱいになっていた。
でも応援することを意識し始めると、不思議と心に豊かさが生まれた。
新しく出会った人と話すたびに、「この人と何かできるんじゃないか」という
ワクワクが先に浮かんでくるようになった。

そして、話が途中で終わることが減った。
アイデアが、実際に動き出すようになった。
「有言実行」が、自然とできるようになっていった。

蜜蜂と人をつなぐ、これからの夢

笠原がいま描いているのは、一軒の養蜂場の成功ではない。

副業や趣味として小さな養蜂を始める人を全国に増やし、
瓶詰めから販売まで一緒にサポートできる仕組みを作りたい。
蜜蜂が増えれば、受粉が増え、食の多様性が守られていく。
自然に目を向ける人が増えれば、日本の食の未来が変わっていく。

そのための技術をオンラインで伝え、
食と自然と環境を語り合えるコミュニティを育てていく。

かつて「絶対にやりたくない」と逃げた仕事が、
いつの間にか、人生でいちばん大切なものになっていた。
蜜蜂が教えてくれた循環の中で、笠原はまだ動き続けている。

蜜蜂と自然が、あなたの暮らしをもっと豊かにする

本物の蜂蜜を探しているけど、どれを選べばいいか分からない。
子どもに自然の中での体験をさせてあげたい。
食や環境について、同じ想いを持つ仲間と繋がりたい。

そんな気持ちを抱えている方は、実はたくさんいます。
でも「どこに行けばいいか分からない」まま、時間だけが過ぎてしまう。
あなたは一人じゃありません。

笠原が大切にしているのは、蜂蜜を売ることだけではありません。
蜜蜂と地域と人が循環する場所を、一緒に育てていくことです。
だから、どんな小さな疑問でも、まずは気軽に声をかけてください。

蜂蜜の体験に来てみたい。
養蜂に少し興味がある。
食や自然について話せる仲間が欲しい。

どんなきっかけでも大歓迎です。
一緒に、蜜蜂がつなぐ豊かな未来を作っていきませんか?

まずはお気軽にメッセージをお送りください。

この記事を書いた人

いなぞう

いなぞうライフデザインコンサルタント/起業士/和の心ライフコーチ法名誠照

2000年九州・沖縄サミットのITサミット世界会議で「世界のベンチャー20人」に選ばれた元IT起業家。
大手通信グループへのバイアウトを経て、10年に及ぶ母の介護と発達課題のある子の世話という「ダブルステージ」を経験。東京の東銀座でスキンヘッドに着物姿で歩いていたら海老蔵に間違えられ、思わず「いなぞうです!」と答えたのが愛称の由来です。
信念: 「心は形を求め、形は心を育てる」
人生100年時代、何歳からでも「変幻自在」に化けることができます。
和の心を土台に、心・身体・お金を整え、誰もが「誰かの灯」になれる社会を目指しています 。
Uワードでは1年でダブルシルバーのタイトルを獲得し「いなぞうコンサル」で加盟店売上の最大化に貢献、Uワードで楽しく全国にファンを増やしています。

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