器で四季を届け、文化をつなぐ人

名前
代表取締役 久米康裕
会社名
(株)日本アトロン
キャッチコピー
一皿から、会話が生まれる
一言
季節を感じる器選びのプロとして、そしてこの文化を後世に残したい一人として。
飲食店様と、そして仲間と、一緒に食卓を豊かにしていきます。

器で「食卓の四季」を届ける、和食器のプロフェッショナル

「何を食べるか」より「どう食べるか」を、考えたことはありますか

毎日の食卓で、私たちは何気なく器を手に取ります。
コンビニのパックのまま、あるいは安価な器で、そのまま済ませてしまうことも増えました。
けれど、器はただ料理を乗せるだけの道具ではありません。

湯気の立つお吸い物を、漆塗りのお椀でいただく。
夏のお造りを、涼やかなガラスの器で楽しむ。
そんな何気ない瞬間に、実は会話が生まれ、季節を感じ、心がふっとほどけていきます。
お箸が器に触れるカチャカチャという音とともに交わされる会話は、家族の団らんそのものです。

それは、料理人やお店を営む方だけの話ではありません。
毎日の食事をする、すべての方に関わることだと、私は思っています。
だからこそ私は、飲食店様はもちろん、器がお好きな一般の方、そしてこれから日本を訪れる海外の方々にも、この価値を届けていきたいと考えています。

全国の窯元を訪ね歩き、選び抜く、季節の器

私は日本アトロンの代表として、有田焼を中心に、岐阜や瀬戸の焼き物、福井県越前の漆器、竹製品、ガラスの器まで幅広く扱っています。

私の器選びは、机の上のカタログだけでは完結しません。
九州の窯元にも、岐阜や瀬戸にも、京都にも、実際に足を運びます。
漆器に関しては、福井県の越前からしか仕入れないと決めています。
それは、そこにしかない技術と品質があるからです。

現地を訪れると、想像とは違う光景に出会います。
大きな近代的な工場もありますが、多くはごく普通の農家のような納屋で、おじいちゃん、おばあちゃん、お父さん、お母さん、そして小さな子供までが同じ場所で作業をしている。
そんな家内工業のような窯元がほとんどです。
型は機械で作りますが、絵付けは今も手作業。
一つひとつに、作り手の手のぬくもりが込められています。

そうした窯元を実際に見て、話をして、この人が作る器なら間違いないという確信を持てたものだけを、皆様にご提案しています。

「色」がすべてを語る、四季を纏う器 ― 前職の経験が生きる、久米ならではの強み

日本には、はっきりとした四季があります。
春夏秋冬、それぞれの季節に合った器にお料理を盛り付けることは、決して単なる飾りではありません。
料理の印象そのものを決める、大切な要素なんです。

私はもともとアパレルの仕事をしていたことがあり、色に対する感覚を徹底的に鍛えられました。
夏の盛りにはもう秋物の準備が始まっています。
薄手だけれど色目は秋色、というように、少し先の季節を意識した色選びをするんです。
その感覚が、今の器選びにもそのまま生きています。
これは、料理の道だけを歩んできた方にはなかなか持てない、私ならではの視点だと思っています。

春はやわらかなピンク色の器に、桜を思わせる一皿を。
夏は涼やかな水色や透明感のあるガラスの器で、目にも涼しい造りを。
秋になれば、少し落ち着いた茶色系の、土の温もりを感じる器へ。
そして冬には、ずっしりとした重みのある土鍋のような器で、体の芯からほっとする一皿を。

同じ料理でも、盛り付ける器の色や質感ひとつで、季節の記憶に残る一皿に変わります。
だからこそ私は、およそ二ヶ月ほど先の季節を見据え、色から逆算して器をご提案するようにしています。
これは、洋服を扱っていた頃に培った先取りの感覚があるからこそできる提案だと自負しています。
それは、ただ美しいからということではなく、色にはお客様の記憶に残る力があると、心から思っているからです。

さらに、業務用として作られた器は、割れてしまった分だけ追加で発注できるのも大きな特長です。
市販の器の多くは一点限りで、後から同じものを追加することができません。
私たちが扱う器は、最初から「また注文が来る」ことを前提に作られています。

安全性についても、日本の器は徹底しています。
釉薬一つとっても、体に悪いものは使わないという意識で作られており、食洗機にも対応できるものがほとんどです。
安いからという理由だけで選んだ器が、実は体への影響が心配なものだったということもあります。
だからこそ私は、安心して長く使っていただける、きちんとした日本製の器をお届けしたいと考えています。
日本という国は、使う人のことを思いやりながら、良いものづくりを追求してきました。
その心そのものを、器を通じて一人でも多くの方に知っていただきたいと思っています。

器を選ぶことは、作り手を応援すること

今、日本各地の窯元は、数を減らし続けています。
後継者がいない、仕事がきつい、子供には継がせたくないという理由で、廃業を選ぶ窯元も少なくありません。
このままでは、あの納屋で家族総出で作られていた器づくりの風景が、静かに消えてしまうかもしれない。
そんな危機感を、私は現場を回るたびに強く感じています。

だからこそ、器を選んでいただくことそのものが、作り手を応援することにつながると私は考えています。
飲食店様が良い器を使ってくださることで、作り手はもっと良いものをと励みになります。
そしてその器で食事をするお客様にも、会話が弾み、季節を感じ、ほっと一息つく時間が生まれる。
その連鎖こそが、この文化を未来へつなぐ力になると信じています。

実際に、自分が器をご提案させていただいたお店に、後日食事にうかがうことがあります。
その時、まわりのお客様がお料理を前ににこにこと召し上がっていたり、会話が弾んでいる様子を目にすると、心から嬉しくなります。
この器を選んで良かった、この仕事をしていて良かったと、静かに実感する瞬間です。
一人でも多くの方に、そうした食卓の時間を届けたい。
それが、今の私の一番の願いです。

この繋がりから得られるもの

  • 四季の色を纏った、日本各地の窯元こだわりの器で、一皿の印象がぐっと深まります
  • 破損時にも安心の追加発注体制で、長く同じ器を使い続けられます
  • 安全性にこだわった日本製の器で、ご家族やお客様にも安心して使っていただけます
  • 器を選ぶという行為を通じて、日本の職人文化を応援する一員になれます

何も知らなかった自分を、信じてくれた人がいた

お店の前で、扉を開けられなかった日々

正直に言うと、私は器が好きでこの仕事を選んだわけではありません。
前職では関東で十年以上働き、社員教育を担当するまでになっていましたが、大阪に戻れる保証はどこにもありませんでした。
そんな時、父から声をかけられ、大阪に帰りたい一心で、父の会社に入社したのです。

料理の業界には、親方と弟子のような縦社会が根強く残っています。
何の知識もない私が飛び込み営業に行っても、何も知らないのかと言われることばかりでした。
お店の前まで行っても、扉を開けられずに引き返す。
そんな日々が、しばらく続きました。
器のことも、料理のことも、何一つ語れる言葉を持っていなかったのです。

何も知らない私を、まるごと信じてくれた出会い

そんなある日、開店前のお店に飛び込みで伺ったことがありました。
急須の先についているゴムの部品について尋ねられ、私は「買ってきます」と、その足で道具屋筋まで走りました。
それだけのことでしたが、お店の女将さんはとても喜んでくださいました。
そして、まだ何の実績もない、何も知らない私に、新しいお店の器を一式すべて任せてくださったのです。

その場では金額のことなど考えもしませんでした。
後になって、それが百万円を超える大きな発注だったと知ることになります。
けれど何より嬉しかったのは、金額の大きさよりも、知識も経験もない自分を、まるごと信じてもらえたということでした。
この出会いがなければ、今の私はいなかったかもしれません。

その後、父が会社を離れ、経営という未知の領域に一人で向き合うことになった時期もありました。
何をどうすればいいのかわからず、悶々と過ごす日々。
そんな時に出会ったのが倫理法人会でした。
具体的なノウハウを教えてもらったわけではありません。
けれど、ものごとへの向き合い方や考え方を学ぶ中で、少しずつ自分の足で立てるようになっていきました。

苦しみながら見つけた、新しい自分

ユーワードとの出会いも、正直に言うと最初は乗り気ではありませんでした。
仲間に半ば誘われるまま、よくわからないまま、ある挑戦に一歩を踏み出すことになったのです。
慣れないことに戸惑いながら、それでも後には引けず、仲間と共に何とか形にしていきました。
やり遂げたときには、できた自分に少し驚きましたし、新しい自分を発見できたような気持ちになりました。

そして何より印象に残っているのは、そこでの買い物を通じて出会った、たくさんの生産者の方々の姿でした。
大好きなコーヒーをきっかけに出会った焙煎士の方からは、飲むたびに人柄が伝わってくるような一杯が届きました。
遠方で丹精込めて作物を育てる農家の方とも、商品を通じてつながることができました。
これまでの人生では決して出会えなかった人たちと、こうして出会えることが、何より嬉しかったのです。

チェーンストアで長く働いてきた私は、画一化された仕組みの中で働くことに、正直なところあまり魅力を感じられずにいました。
けれど、そこで出会う生産者の方々は違いました。
これは本当にいいものなんですと、心から向き合っている人ばかりだったのです。

あの日、何も知らない自分を女将さんが信じてくれたことで救われた経験があったからこそ、今度は自分が、誰かの背中を押す番だという気持ちに変わっていったのです。

これから、次の世代へつないでいきたいもの

多くの人に支えられて、ここまで来ることができました。
情熱を持って何かに向き合う仲間たちと、もっと多く繋がっていきたい。
そして今度は私が、次の世代へ、そして初めて出会う方へ、その恩を返していく番だと思っています。

日本の器づくりを支える窯元は、今まさに数を減らしています。
けれど、たった一つの出会いが、誰かの人生を変えることもある。
私自身がそうだったように。

海外から日本を訪れる方が増えている今だからこそ、和食の魅力を、そして日本製のものづくりの丁寧さを、もっと多くの方に知っていただきたいと思っています。
日本という国が大切に育んできたこの文化を、次の世代へ、そして世界へ、伝えていきたい。
それが、私の心からの願いです。

その想いを形にする一つとして、これからもっと力を入れていきたいのが「わしょくあい」という集まりです。
仲間や興味を持ってくださった方々と一緒に和食のお店へ足を運び、旬の一皿を囲みながら語り合う。
器の魅力はもちろん、和食そのものの奥深さや面白さも、そうした時間の中でこそ伝わっていくものだと思っています。

そう信じて、これからも人との繋がりの中で、この想いを一つずつ形にしていきたいと思っています。

一緒に、盛り上げましょう

ここまで読んでくださり、ありがとうございます。

「ちゃんとした器で、お箸のカチャカチャという音をさせながら、会話をしながら食べることが、家庭円満につながる」

そう話す久米にとって、器は単なる道具ではありません。
会話を生み、季節の記憶を残し、時間を豊かにする、暮らしの中心にあるものです。
器のことで少しでも気になることがあれば、遠慮なく声をかけてみてください。
今こんな器を探している、こんな季節感を出したい、それだけのご相談でも大丈夫です。

「なんとかこの大切な文化を残していきたい、後世につなげていきたい」
窯元を訪ね歩く中で、繰り返し口にしてきたこの想い。
少しでも共感してくださったなら、それはもう繋がりの始まりです。

日本という国が持つ、細やかで丁寧なものづくりの心を、心から誇りに思っている。
だからこそ、日本の中だけでなく、これから日本を訪れる海外の方々にも、和食や日本製の器の素晴らしさを知ってほしいと願っています。
これからもっと広げていきたい「わしょくあい」の集まりでも、器を目の前にしながら、一緒に語り合える仲間をお待ちしています。

「一緒にぜひ盛り上げましょう」
これは決まり文句ではありません。
何も知らない自分を信じてくれた、あるお店の女将さんとの出会いから、そして多くの仲間との出会いから、少しずつ形を変えてきたこの仕事。
その実感から出てくる、本音の言葉です。

ご連絡は、「百舌鳥陶器」で検索していただき、公式LINEからお気軽にどうぞ。
直接お話をお伺いします。

この記事を書いた人

井原 ちよ

井原 ちよ@ネウネウの世界を広げる母

アーティスト@ネウネウの夢を叶えた
ママプロデューサー
可愛いで世界平和
@ネウネウの猫と光の優しい世界を届けています

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