先生と生徒ではなく 音楽を愛する仲間として 杉林 岳
- 名前
- 杉林 岳
- 会社名
- エーデルベルク音楽教室
- キャッチコピー
- 並走します、宇宙の果てまで
- 一言
- ウィーン12年のキャリアを持つコレペティターが、初心者からプロまでを「共に育つ仲間」として迎えます。
敷居は低く、目指す場所は高く。
音楽の「本当の深さ」を あなたの日常に届けるピアニスト
あなたの音楽 もっと輝けると思っていませんか?
「ピアノを習っているのに、なぜか感情が伝わる演奏にならない」
「声楽をやっているけれど、言葉の発音やニュアンスまで丁寧に見てもらえない」
「クラシックに憧れているけれど、なんとなく近づきにくくて一歩が踏み出せない」
そんなもどかしさを感じたことはありませんか?
技術だけではない、音楽の核心に触れる指導を求めている方へ
私はそのご要望に、正面から向き合います
ウィーン仕込みの「コレペティター」が 音楽の核心を伝える
私はクラシックピアニストとして演奏活動をしながら、大阪市内で音楽教室を運営しています。
ウィーンで12年間学んだ中で修めたのが
「コレペティション」と呼ばれる専門課程です。
コレペティターとは、ピアノを使って声楽家やヴァイオリニストに音楽的コーチングを行う専門家のこと。
技術的な指導はもちろん、曲が生まれた時代背景、ドイツ語の発音やイントネーション
身体の使い方まで、音楽表現を多角的にサポートします。
よく「伴奏ピアニスト」と表現されることがありますが、私はその言葉があまりしっくりきません。
ピアノは10本の指で多くの音を紡ぎ、演奏全体の空間と流れを作り出す楽器。
私のイメージは「付け合わせ」ではなく、音楽という旅を共に走る「並走者」です。
ピアノレッスンから声楽・器楽の伴走、ボイストレーニング
さらには天井4メートルの音楽ホールを備えたアートサロンでの個展やイベント開催まで。
音楽を軸に、あなたの表現の場を一緒に広げていきます。


「共に育つ」が 私のレッスンの根っこにある
私のレッスンで大切にしているのは、「先生と生徒」という縦の関係ではなく
「音楽を愛する仲間」として共に育っていくこと。
厳しい言葉で追い立てるのではなく
どうすれば伝わるかを一緒に考えたい
生徒さんひとりひとりに寄り添いながら、「弾きやすくなった」「声が楽になった」という実感を大切にしています。
また、クラシックの世界はともすれば同業者がライバルになりがちです。
でも私は、ジャンルも職種も超えた「横の繋がり」に大きな可能性を感じています。
ポールダンスや色彩心理学、社交ダンスなど、異なる世界を持つ方々とのコラボレーションは
音楽の新しい扉を次々と開いてくれました。
クラシックをもっと身近に、もっと多くの人の日常の中へ。
その想いを共有できる仲間と、一緒に面白いことをしていきたいと思っています。
あなたが手にできる変化
- 技術だけでなく、曲の背景や言葉の意味まで理解して演奏できるようになる
- 「優しいけれど、確実に上達できる」レッスン環境で、音楽が楽しくなる
- ジャンルを超えた仲間との繋がりの中で、自分の活動の可能性が広がる
下町の音楽室から 世界へ。ひとりのピアニストが歩んできた道
「学校に行けない」少年が 音楽と出会った日
小学生の頃から、どこか生きづらさを抱えていました。
周りと同じように過ごしているつもりなのに、なぜか心がついていかない。
当時はその理由もわからず、「自分はどこかおかしいのかもしれない」と感じていたことを覚えています。
そんな私にとって、唯一夢中になれたのがピアノだったんです。
そして転機は小学4年生の頃。
あるレッスンに通い始めたとき、先生が毎回おやつの時間を用意してくれたのです。
「今日はどんなケーキかな」
そんな小さな楽しみが、自然と私の足を練習室へ向かわせてくれました。
技術を学ぶ前に「音楽って楽しい」という感覚を教えてもらった原体験だったと思います。

その後も音楽を続けましたが、本格的な転機が訪れたのは高校1年生の頃でした。
友人関係に問題はなかったものの、先生方との考え方の違いや、公立高校から音楽大学へ進学した前例がほとんどない現実に、少しずつ息苦しさを感じるようになりました。
やがて学校へ足が向かなくなり、不登校の状態になります。
そんなとき、母が大きな決断をしてくれました。
高校1年の秋から通信制高校へ転校したのです。
そこにはさまざまな背景や悩みを抱えながら、自分らしい道を歩もうとしている仲間たちがいました。
彼らとの出会いを通じて「自分はこのままでいいんだ」と思えるようになり
少しずつ自己肯定感を取り戻していきました。
さらに、その高校には音楽大学へ進学した先輩もいました。
「自分にもできるかもしれない」
初めて現実的な希望が見えた瞬間でした。
通信制高校に通いながら、ずっとやりたかった英会話とピアノの練習に打ち込める時間も増えました。
あの時期に積み重ねた経験は、その後の人生を支える大切な土台になっています。
そして、中学・高校時代を通して素晴らしい師との出会いにも恵まれ、桐朋学園を経てウィーンへ。
かつて自分の居場所を見つけられずにいた少年が、音楽の都で12年間を過ごすことになるとは、あの頃の私には想像もできませんでした。
帰国後の孤独と コロナ禍の暗闇
12年のウィーン生活を終えて帰国したとき、私の手元にあったのは技術と情熱だけでした。
人脈はゼロに近い状態からのスタート。
そこに追い打ちをかけるように、コロナ禍が始まりました。
コンサートは中止。レッスンも思うようにできない。
芸術で生きていくとはこういうことか、と何度も自問しました。
クラシックの世界は、同業者がライバルになりがちな側面があります。
横に繋がる文化が薄く、孤独を感じることも少なくありませんでした。
「知ってもらってなんぼやで」という一言が 扉を開けた
そんな時期に出会ったのが、ユーワードというコミュニティでした。
エネルギー整体師の方の紹介で、帰国後の人脈づくりのために入会したのが最初のきっかけです。
最初は戸惑いました。
ポイントで応援し合うシステム、見知らぬ人たちが生き生きと声を掛け合っている空気。
クラシックの業界では見たことのない光景でした。
「まずはZoomで顔を出し続けなさい」
ある先輩会員からもらったそのアドバイスが、全てを変えました。
顔を出すたびに「コンサート開催してよ」「レッスン受けたい」という声が届くようになった。
苦しかったコロナ禍に、仲間たちが手を差し伸べてくれた。
その経験が、私の中に深く刻まれています。
ポールダンスの方と音楽でコラボしたり、色彩心理学の先生と対談したり。
自分一人では絶対に思いつかない出会いが、次々と生まれていきました。
「応援される人になりましょう」という文化は、同業者をライバル視してきた私の価値観を
静かに、しかし確実に塗り替えていきました。




下町の音楽室を 世界への窓口に
今、私には一つのビジョンがあります。
大阪の下町にある私のアートサロンに、世界中からアーティストが集まってくる。
そして私自身も、ヨーロッパをはじめ世界各地へ演奏に出かけていく。
下町と世界が、音楽でつながっていく。
不登校だった少年が、ウィーンで12年を過ごし、コロナ禍で仲間に救われ、今ここに立っています。
音楽が人生を変えてくれたように、私の音楽が誰かの人生の一部になれたなら。
その感動を携えて、これからも走り続けます。
音楽を もっと「自分のもの」にしていい
あなたが今、音楽に対してどんな気持ちを持っていても構いません。
「もっと上手くなりたい」でも、「また弾いてみたい」でも、「何となく気になっている」でも。
私がレッスンで大切にしているのは、先生・生徒の垣根を越えて「共に音楽を愛する仲間」になることです。
上達は、怒られながら積み上げるものじゃない。
「この曲を弾けるようになりたい」という純粋な願望と、小さな楽しさの積み重ねで、人は確実に育っていくと信じています。
好きなことを極めるのは、好きの先、宇宙を突き抜けなければならないほど深い道です。
でも、その入り口は誰にでも開いています。
情熱があれば、ゼロからの初心者でも、スキルアップを目指す講師の方でも、歓迎します。
まずは体験レッスンからどうぞ。
ピアノは40分、ボイトレは30分。
InstagramまたはFacebookのメッセンジャーからDMをいただければ、お気軽に対応します。
あなたの音楽が輝く瞬間を、一緒に作りに行きましょう。
